2007.02.12 生命倫理
生命倫理ハンドブック―生命科学の倫理的、法的、社会的問題 生命倫理ハンドブック―生命科学の倫理的、法的、社会的問題
菱山 豊 (2003/07)
築地書館
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生命倫理は、今後の人類にとって大きな課題の一つとなるものであろう。

クローン技術、ヒトES細胞、ヒトゲノム、遺伝子組み替え技術…etc

この本書ではこうした諸課題を、限定した「倫理」からのみならず、
倫理的、社会的、法的と幅広い方面から生命倫理を語っている。

この生命倫理についても、今後述べていきたいと思っている。

2007.02.09 不自然な収穫
不自然な収穫―遺伝子組み換え食品:“夢の食品”は本当に安全か? 不自然な収穫―遺伝子組み換え食品:“夢の食品”は本当に安全か?
インゲボルグ ボーエンズ (1999/06)
光文社
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この本は、遺伝子組み替えについて述べられているもの。

どちらかというと批判的立場かな?
でも遺伝子組み替え技術の仕組みや事例、安全性や影響、
医療面や農業での利点、市場や企業など、
わりと様々な面から遺伝子組み替えについて述べているので、とても面白いと思う。

これからちょくちょくこの本を参考にして、
遺伝子組み替えについても述べていこうかなと思っている。


2007.02.08 NEW FOUND GLORY
Sticks & Stones Sticks & Stones
New Found Glory (2002/06/11)
Drive-Thru
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NEW FOUND GLORY は、私が洋楽パンクというものにハマッた原点!!
そして、もっとも好きなバンド!

彼らは、私の中ではエモ・パンクにおける最高峰バンド!!

その爽快なメロディラインに「天使の声」と呼ばれたヴォーカル(Jordan Pundik)の声が絶妙に絡み、
それを聞くとテンションが上がらずに入られない!!

エモ好きには必見なバンド!パワー・ポップファンにも是非聞いてもらいたい!
「環境と開発どっちが大事?その2」 の続き

環境と開発について、その1とその2で極端な上に大まかに述べてきたが、
双方の立場は共に言い分があり、それぞれが重要な課題を持っているという点を理解して ほしい。


ここでは、なぜ私が最初にこの項目を選び、そして、なにを言いたいのかを述べようと思う…


この二つの課題、
言うなれば今後における地球の分岐点となりうるであろう課題は、
今後更なる論争があると考えられる。


地球環境が最も大事だと考えれば、生活水準の後退が考えられる…

人類の生活水準向上や裕福さが大事だと考えれば、環境問題の更なる深刻化が考えられる…


すなわち、
この二つの問題はどちらかが良いとか悪いとかはなかなか言えない問題ではないか…
(両方の立場を考えた上での、持続可能な開発という考えもあるが、それはまた別の機会に…)


ここで私が言いたいのは、

物事を、すべて一概に捉えないでほしい。

ということである。



やはり、物事というのは表もあれば裏もある。そしてその表と裏にはそれぞれの主張がある。

それは環境問題だけに考えられるものではなく、世の中に多く存在するもの…

例えば、
遺伝子組み替え技術…
医療面や食糧問題対策、環境修復やエネルギー問題対策などの期待がある。
しかし、安全面や生命倫理、生態系などへの影響が懸念される。
原子力発電…
温室効果ガスを排出しない発電だが、安全面や終了後の処理の問題がある。


このような表裏一体となっている問題を、いかに柔軟に取り入れていくか…


これが私の主張であり、同時に課題でもある。


両方について考慮するという概念は、当たり前といえば当たり前なことでもある。

ただ、時々そういったことを忘れて、盲目になって一つのことだけを見てしまうことがある。
これが必ずしも悪いとは言わない。自らの主張や正義は誰にだってあるもの…

私にだってある…


ただ、それがときにぶつかり合って、争って、結局最後はなにもなくなってしまうこともある…

そして、広い世界を狭くしてしまうかもしれない。

それぞれを否定しあって自らを主張するより、
それぞれを理解しあって自らを見出した方が、

確実に良いものではないだろうか。

こんな考えは幼稚な空想の論述に過ぎないかもしれないが、
少なくとも、物事をさまざまな視点から捉えることは、悪いことではないはず…

私もしばしば一つの概念や思想に捉われることがある。
だからこそ、この考えは私の課題でもある。


Learn from yesterday, live for today, hope for tomorrow.
昨日から学び、今日を生き、明日へ期待しよう
アルベルト・アインシュタイン
「環境と開発どっちが大事?その1」 の続き



―もし開発が大事と考えた場合―

開発と聞くと、煙が出る発電所や工場がバンバン建ち
森林を伐採し、山を切り崩し、ニュータウンができ、
仕事ができ、人々の暮らしが安定する!

みたいな感じに捉えられるかもしれない。

確かにその通りではあるし、
それによって現在の私たちの暮らしが安定しているのも事実。

そして、それによって環境問題が悪化したのもまた事実。

よって、開発を抑えることが、環境問題解決に繋がるものだと思うかもしれない。


しかし、発展途上国の人たちを考えるとどうだろうか。
現在生活が豊かになったのは先進国の人たちだけ…

もしここで環境のために先進国だけじゃなく途上国の人たちも
温室効果ガスの削減義務などを与え、
発展を妨げたらどうだろうか。

これまで以上にストリートチルドレンや餓死する人たちが
増えることは目に見えている。
現時点でも
アフリカでは毎日約9000人ものが貧困のために亡くなっている…
これ以上貧困で苦しむ人たちを増やすのは倫理以前の問題…

それでも現在の地球環境問題は、
もはや世界全体で取り組まなければならないと言われている。

しかし、途上国側からしてみれば
環境を悪化させたのは発展してきた先進国の責任であって、
途上国にも発展の権利はあるのではないか…


それなら、先進国の開発を抑えればいいと思うかもしれない。
確かにその通りであるし、
発展途上国の人たちを考えたら先進国の負担は必然となる。

ただ、
明日から今までの生活ができなくなるとしたらどうだろうか。
例えば、自動車が使用制限されたり、
全世帯の使用電力が制限されたり、
3R(リデュース・リユース・リサイクル)が
任意ではなく義務化されたり…etc

これはあくまで極論ではあるが、
少なくとも、なんらかしらの負担が私たちにかかるであろう。

それをすぐに世論は許すだろうか…

人は、全体に対しては厳しく言うが
いざそれが自らに降りかかろうとすると、
避けようとする傾向があるように思える。

例えば、廃棄物処理場は作るべきだと考えている人も、
家の近くにそれができるのは嫌だという。

実際に自らが甘んじて負担を背負っている人も多いとは思う。
ただ、ずべての人がそうなることは期待できない。


つまり、先進国においても今以上に負担を与えることは難しいのかもしれない…

さらに続く